週刊菜っ葉 / 2009年6月27日号
チーム結成10周年記念・第4回青黒戦!
スティングレイズ戦は最終回二死無走者から2点差を守れずドロー

27日(土)、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは光が丘公園でチーム結成10周年記念・第4回青黒戦を行った。これはいわゆる「紅白戦」で、黒のユニフォームと青のユニフォームをそれぞれ着用するため、「青黒戦」と呼ばれる。2004年にチーム結成5周年を記念して初めて行われ、今回は3年ぶりとなる久々の青黒戦となった。今回は試合前に選手を抽選で「黒チーム」と「青チーム」に分けて行われた。また、普段ベンチから応援している女性陣にもチームに加わってもらい、実際にグラウンドに立ってプレーを楽しんでもらおうという趣向だ。夫婦・カップルはチームを別々にさせられ、女性は相方のユニフォーム(上)と帽子を着用し、試合に臨んだ。6月12日がキッドナッパーズの誕生日で2週間遅れではあるが、今回はチーム結成10周年を記念して行われた。この試合はエキシビジョンゲームのため、チーム試合数や個人成績には一切反映されない。

今回は24名が参加した(子供も含めると32名)。小林が2005年7月以来4年ぶりに背番号4のユニフォームを披露した。

試合開始前の挨拶時に小林へ第二子の誕生を祝うセレモニーが行われた。そして、恒例のスタメン発表。青チームの先発は、2001年に防御率42.42を記録した岡だ。このお祭りムードの中、岡だけ表情が青ざめていた。


試合展開は全く覚えていない。結果は黒チームのほうが若干得点が多かったように感じた、多分。
今回も、女性陣が活躍した。三塁を守るあやっぺが走者一・二塁から連続でゴロをさばき封殺にし、GM、ユーコ、かなこ、マチ、わかなもいい当たりを放っていた。

メンバー達が冷や汗をかいた場面があった。先発岡が、ユーコに対し渾身の直球を投げ込んだ。この直球は速すぎてスピードガンでも計測不能、ネット裏で観戦していたモントリオール・エクスポズのスカウト陣も驚いていた。ちなみにエクスポズはもうないので、スカウトされる心配はない。この騒ぎで、最終的には本塁上で安斉がユーコに叱咤されるということで状況は落ち着いた。安斉自身、まんざらでもない表情を浮かべたため、Mというレッテルを貼られただけで大事には至らなかった。

試合中、衝撃の事件があった。かなこが放った打球は一塁線のわずか内側に。一塁手の村上がそのゴロをさばき、一塁ベースを踏まずに打者走者である、かなこへ直接タッチにいった。ここでセクハラ事件が起こる。かなこはそのタッチから逃げ、転倒してしまった。一時は青黒戦史上初の退場処分かとの声もあったが、監督である田中が第1回青黒戦で乱闘事件を起こしておきながら退場処分にはならなかったため、今回も処分は見送られた。しかし今後、かなこがセクハラ訴訟を起こす可能性もあり、事態は予断を許さない。

そんなこんなで、チーム結成10周年記念・第4回青黒戦は大成功に終わった。試合終了時にかおりが到着、全員で記念撮影を行った。この試合後、さくら水産で慰労会が行われたが、最終的には座敷をたった一人で切り盛りする女性店員を慰労して終了した。

このチーム結成10周年記念・第4回青黒戦の前時間帯、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは光が丘公園にスティングレイズさんを迎えて、練習試合を行った。スティングレイズさんは杉並区を中心に活動、ストロングカップにも参加しており、昨年まで1部に所属していたチームだ。


試合は互いに無得点で迎えた2回裏、先頭の大渕が二塁打を放つ。しかし後続が凡退し、無得点に終わる。3回表、二死無走者から四球と盗塁、適時打で1点を先制されてしまう。その裏、一死から金井が死球で出塁し二盗に成功。続く布山も四球で歩くと、藤澤が適時打を放って同点に追いつく。さらに安斉にも適時打が出て、2-1と逆転に成功する。4回裏、一死から敵失で出塁。2つの盗塁と捕逸で1点を追加する。5回表、一死から失策で走者を許すと、二盗と適時二塁打で1点を返され、3-2と再び1点差に迫られる。しかしその裏、田中・信夫・布山の3連続四球から、敵失で1点を追加する。4-2で迎えた最終回表、簡単に二死無走者とし、あと一人で勝利というところまで来る。ここで、一塁ゴロ。試合終了かと思いきや、一塁にカバーがいない。記録は内野安打で走者を許す。その後二盗に死球、三盗で二死一・三塁とされる。ここで一塁へ牽制悪送球、1点差とされ同点の走者が二塁へ進む。さらに失策、死球で二死満塁。同点の走者が三塁、逆転の走者が二塁に。あと一つのアウトが遠い。ここで平凡な三塁へのゴロ。しかし失策で4-4の同点とされてしまう。その裏、大渕の死球などで二死一塁。さらに佐藤の死球と重盗で二死二・三塁。田中が四球でつなぎ満塁。しかし、後続が凡退し、4-4の引き分けに終わった。先発安斉はあと一人で完投勝利というところまでいったが、同点に追いつかれた。6安打を浴び、5四死球を与え4失点。一方、打線のほうはわずか3安打。相変わらずの貧打だ。しかしそのうちの2本が適時打となり、少ない好機ながら効率よく点が取れた。
4日(土)はボールドネス戦と専科37戦
5日(日)は練馬区大会・チームP戦
4日(土)、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは光が丘公園にボールドネスさんを迎えて、練習試合を行う予定だ。ボールドネスさんはさいたま市を中心に活動し、結成17年目・平均年齢39歳のチームだ。この試合は13:00より行われる。
このボールドネス戦後、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは同公園に専科37さんを迎え、練習試合を行う予定。専科37さんは先日、練馬区大会で対戦したユンカーズさんの宇川選手が立ち上げたチームで、この試合がチーム初試合だ。この専科37戦は17:00より行われる。
翌5日(日)、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは北大泉球場でチームPさんと練馬区秋季大会2回戦を行う予定だ。チームPさんは1回戦を17-1という圧倒的な強さで勝ち上がってきた。また、チームPさんとは昨年の秋季大会に続き今回で4度目の対戦となり、すべて練馬区大会だ。しかも3戦3敗。今回こそは勝利したいところだ。この試合は10:40より行われる。
なお、佐藤が通算200安打まであと2、山崎が通算100盗塁まであと3、布山が通算100安打まであと4とそれぞれ迫っている。

スティングレイズ戦は最終回二死無走者から2点差を守れずドロー

27日(土)、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは光が丘公園でチーム結成10周年記念・第4回青黒戦を行った。これはいわゆる「紅白戦」で、黒のユニフォームと青のユニフォームをそれぞれ着用するため、「青黒戦」と呼ばれる。2004年にチーム結成5周年を記念して初めて行われ、今回は3年ぶりとなる久々の青黒戦となった。今回は試合前に選手を抽選で「黒チーム」と「青チーム」に分けて行われた。また、普段ベンチから応援している女性陣にもチームに加わってもらい、実際にグラウンドに立ってプレーを楽しんでもらおうという趣向だ。夫婦・カップルはチームを別々にさせられ、女性は相方のユニフォーム(上)と帽子を着用し、試合に臨んだ。6月12日がキッドナッパーズの誕生日で2週間遅れではあるが、今回はチーム結成10周年を記念して行われた。この試合はエキシビジョンゲームのため、チーム試合数や個人成績には一切反映されない。

今回は24名が参加した(子供も含めると32名)。小林が2005年7月以来4年ぶりに背番号4のユニフォームを披露した。



試合開始前の挨拶時に小林へ第二子の誕生を祝うセレモニーが行われた。そして、恒例のスタメン発表。青チームの先発は、2001年に防御率42.42を記録した岡だ。このお祭りムードの中、岡だけ表情が青ざめていた。






試合展開は全く覚えていない。結果は黒チームのほうが若干得点が多かったように感じた、多分。
今回も、女性陣が活躍した。三塁を守るあやっぺが走者一・二塁から連続でゴロをさばき封殺にし、GM、ユーコ、かなこ、マチ、わかなもいい当たりを放っていた。



メンバー達が冷や汗をかいた場面があった。先発岡が、ユーコに対し渾身の直球を投げ込んだ。この直球は速すぎてスピードガンでも計測不能、ネット裏で観戦していたモントリオール・エクスポズのスカウト陣も驚いていた。ちなみにエクスポズはもうないので、スカウトされる心配はない。この騒ぎで、最終的には本塁上で安斉がユーコに叱咤されるということで状況は落ち着いた。安斉自身、まんざらでもない表情を浮かべたため、Mというレッテルを貼られただけで大事には至らなかった。



試合中、衝撃の事件があった。かなこが放った打球は一塁線のわずか内側に。一塁手の村上がそのゴロをさばき、一塁ベースを踏まずに打者走者である、かなこへ直接タッチにいった。ここでセクハラ事件が起こる。かなこはそのタッチから逃げ、転倒してしまった。一時は青黒戦史上初の退場処分かとの声もあったが、監督である田中が第1回青黒戦で乱闘事件を起こしておきながら退場処分にはならなかったため、今回も処分は見送られた。しかし今後、かなこがセクハラ訴訟を起こす可能性もあり、事態は予断を許さない。



そんなこんなで、チーム結成10周年記念・第4回青黒戦は大成功に終わった。試合終了時にかおりが到着、全員で記念撮影を行った。この試合後、さくら水産で慰労会が行われたが、最終的には座敷をたった一人で切り盛りする女性店員を慰労して終了した。

このチーム結成10周年記念・第4回青黒戦の前時間帯、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは光が丘公園にスティングレイズさんを迎えて、練習試合を行った。スティングレイズさんは杉並区を中心に活動、ストロングカップにも参加しており、昨年まで1部に所属していたチームだ。




試合は互いに無得点で迎えた2回裏、先頭の大渕が二塁打を放つ。しかし後続が凡退し、無得点に終わる。3回表、二死無走者から四球と盗塁、適時打で1点を先制されてしまう。その裏、一死から金井が死球で出塁し二盗に成功。続く布山も四球で歩くと、藤澤が適時打を放って同点に追いつく。さらに安斉にも適時打が出て、2-1と逆転に成功する。4回裏、一死から敵失で出塁。2つの盗塁と捕逸で1点を追加する。5回表、一死から失策で走者を許すと、二盗と適時二塁打で1点を返され、3-2と再び1点差に迫られる。しかしその裏、田中・信夫・布山の3連続四球から、敵失で1点を追加する。4-2で迎えた最終回表、簡単に二死無走者とし、あと一人で勝利というところまで来る。ここで、一塁ゴロ。試合終了かと思いきや、一塁にカバーがいない。記録は内野安打で走者を許す。その後二盗に死球、三盗で二死一・三塁とされる。ここで一塁へ牽制悪送球、1点差とされ同点の走者が二塁へ進む。さらに失策、死球で二死満塁。同点の走者が三塁、逆転の走者が二塁に。あと一つのアウトが遠い。ここで平凡な三塁へのゴロ。しかし失策で4-4の同点とされてしまう。その裏、大渕の死球などで二死一塁。さらに佐藤の死球と重盗で二死二・三塁。田中が四球でつなぎ満塁。しかし、後続が凡退し、4-4の引き分けに終わった。先発安斉はあと一人で完投勝利というところまでいったが、同点に追いつかれた。6安打を浴び、5四死球を与え4失点。一方、打線のほうはわずか3安打。相変わらずの貧打だ。しかしそのうちの2本が適時打となり、少ない好機ながら効率よく点が取れた。
4日(土)はボールドネス戦と専科37戦
5日(日)は練馬区大会・チームP戦
4日(土)、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは光が丘公園にボールドネスさんを迎えて、練習試合を行う予定だ。ボールドネスさんはさいたま市を中心に活動し、結成17年目・平均年齢39歳のチームだ。この試合は13:00より行われる。
このボールドネス戦後、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは同公園に専科37さんを迎え、練習試合を行う予定。専科37さんは先日、練馬区大会で対戦したユンカーズさんの宇川選手が立ち上げたチームで、この試合がチーム初試合だ。この専科37戦は17:00より行われる。
翌5日(日)、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは北大泉球場でチームPさんと練馬区秋季大会2回戦を行う予定だ。チームPさんは1回戦を17-1という圧倒的な強さで勝ち上がってきた。また、チームPさんとは昨年の秋季大会に続き今回で4度目の対戦となり、すべて練馬区大会だ。しかも3戦3敗。今回こそは勝利したいところだ。この試合は10:40より行われる。
なお、佐藤が通算200安打まであと2、山崎が通算100盗塁まであと3、布山が通算100安打まであと4とそれぞれ迫っている。


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週刊菜っ葉 / 2009年6月20日号
ストロングカップ・構研バッカス戦は15失点で大敗
ファイティングビーバーズ戦は信夫が1失点完投、佐藤の決勝タイムリーで接戦制す

20日(土)、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは光が丘公園で構研バッカスさんとストロングカップ土曜大会2部リーグ埼京地区Dブロック第6節の試合を行った。構研バッカスさんとは2年前にもストロングカップで同リーグとなり、最終回二死無走者から4点のリードを守れず、大逆転負けを食らった。その後の練習試合は2試合とも勝利しているものの、あの逆転負けのイメージが強烈に残っている。そして、構研バッカスさんはストロングカップ4勝無敗でトップを走っている。一方、こちらは2敗1引き分けと勝利がない。何としてもストロング初勝利をあげ、構研バッカスさんの連勝を止めたいところだ。しかし、試合は一方的な展開になってしまった。


初回表、二死から山崎が二塁打を放つが、後続が凡退し無得点。その裏、4本の長短打に2つの失策が絡み、5点を先制される。2回裏にはソロ本塁打と失策で許した走者を暴投で生還させてしまい0-7。3回裏には3本の長短打と2四球で2点を失い0-9とリードを広げられる。4回表、山崎・大渕が連続四球を選び無死一・二塁。一死後、安斉が安打でつなぎ満塁とする。二死後、適時二塁打が飛び出し、2点を返す。しかしその裏、5本の長短打を集中され6点を奪われ2-15とされる。5回表、一死から敵失と山崎が四球を選ぶ。ここで代打布山が粘りながら四球を勝ち取り満塁とする。そして佐藤の内野ゴロの間に1点を返し、続く安斉が2点適時打を放って5-15とする。しかし、5回終了時で時間切れとなり、5-15で敗れた。先発田中は4回途中までで13安打を浴び、5与四球で15失点。救援の安斉は無失点に抑えた。一方、打線のほうは5安打。安斉が2安打を放った。これでストロングカップは勝ち星なしの3敗1引き分け。決勝トーナメント進出は絶望となった。

この構研バッカス戦後、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは同公園にファイティングビーバーズさんを迎えて、練習試合を行った。ファイティングビーバーズさんは平均年齢21歳で、経験者数名・初心者半分という構成のチームだ。試合は接戦となった。


初回表、2安打を浴びるが無得点に抑える。その裏、先頭の村上が安打で出塁する。暴投で二進し、布山の内野ゴロの間に三塁へ進む。しかし、後続が凡退し無得点に終わる。2回表にも2安打で走者を許すが無得点に抑える。その裏、先頭の安斉が四球を選ぶ。一死後、2連続四球で満塁とする。ここで金井も四球で歩き、押し出しで1点を先制する。3回、4回と両チーム三者凡退で迎えた5回表、一死から安打と四球で一・二塁とされる。レフトゴロで二死とするが、安打で満塁とされる。ここで痛恨の暴投、1-1の同点とされてしまう。6回表、布山の四球と岡の死球、さらに重盗で無死二・三塁とする。ここで佐藤が勝ち越しの2点適時打を放ち3-1。7回表、安打と失策で同点の走者を出すものの、無得点に抑え接戦を制した。先発信夫は8安打を浴びるものの、8三振を奪い、1失点で完投勝ち。打線のほうは相手速球投手に大苦戦。初回先頭の村上と2点適時打の佐藤の安打のわずか2本だけ。最少失点に抑え、接戦を制した。
27日(土)はスティングレイズ戦とチーム結成10周年記念・第4回青黒戦
佐藤が通算200安打まであと2、布山が通算100安打まであと4
27日(土)、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは光が丘公園にスティングレイズさんを迎えて、練習試合を行う予定。スティングレイズさんは平均年齢28歳のチームだ。この試合は15:00より行われる。
この練習試合後、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは引き続き同公園でチーム結成10周年記念・第4回青黒戦を行う予定だ。これはいわゆる「紅白戦」で、黒のユニフォームと青のユニフォームをそれぞれ着用するため、「青黒戦」と呼ばれる。今回は選手を抽選で「黒チーム」と「青チーム」に分けて行われる。また、普段ベンチから応援している女性陣にもチームに加わってもらい、実際にグラウンドに立ってプレーを楽しんでもらおうという趣向だ。夫婦・カップルはチームを別々にさせられ、女性は相方のユニフォーム(上)と帽子を着用し、試合に臨む。6月12日がキッドナッパーズの誕生日で2週間遅れではあるが、今回はチーム結成10周年を記念して行われる。この試合はエキシビジョンゲームのため、チーム試合数や個人成績には一切反映されない。この第4回青黒戦は17:00より行われる。
なお、佐藤が通算200安打まであと2、山崎が通算100盗塁まであと3、布山が通算100安打まであと4とそれぞれ迫っている。
ファイティングビーバーズ戦は信夫が1失点完投、佐藤の決勝タイムリーで接戦制す

20日(土)、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは光が丘公園で構研バッカスさんとストロングカップ土曜大会2部リーグ埼京地区Dブロック第6節の試合を行った。構研バッカスさんとは2年前にもストロングカップで同リーグとなり、最終回二死無走者から4点のリードを守れず、大逆転負けを食らった。その後の練習試合は2試合とも勝利しているものの、あの逆転負けのイメージが強烈に残っている。そして、構研バッカスさんはストロングカップ4勝無敗でトップを走っている。一方、こちらは2敗1引き分けと勝利がない。何としてもストロング初勝利をあげ、構研バッカスさんの連勝を止めたいところだ。しかし、試合は一方的な展開になってしまった。




初回表、二死から山崎が二塁打を放つが、後続が凡退し無得点。その裏、4本の長短打に2つの失策が絡み、5点を先制される。2回裏にはソロ本塁打と失策で許した走者を暴投で生還させてしまい0-7。3回裏には3本の長短打と2四球で2点を失い0-9とリードを広げられる。4回表、山崎・大渕が連続四球を選び無死一・二塁。一死後、安斉が安打でつなぎ満塁とする。二死後、適時二塁打が飛び出し、2点を返す。しかしその裏、5本の長短打を集中され6点を奪われ2-15とされる。5回表、一死から敵失と山崎が四球を選ぶ。ここで代打布山が粘りながら四球を勝ち取り満塁とする。そして佐藤の内野ゴロの間に1点を返し、続く安斉が2点適時打を放って5-15とする。しかし、5回終了時で時間切れとなり、5-15で敗れた。先発田中は4回途中までで13安打を浴び、5与四球で15失点。救援の安斉は無失点に抑えた。一方、打線のほうは5安打。安斉が2安打を放った。これでストロングカップは勝ち星なしの3敗1引き分け。決勝トーナメント進出は絶望となった。

この構研バッカス戦後、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは同公園にファイティングビーバーズさんを迎えて、練習試合を行った。ファイティングビーバーズさんは平均年齢21歳で、経験者数名・初心者半分という構成のチームだ。試合は接戦となった。




初回表、2安打を浴びるが無得点に抑える。その裏、先頭の村上が安打で出塁する。暴投で二進し、布山の内野ゴロの間に三塁へ進む。しかし、後続が凡退し無得点に終わる。2回表にも2安打で走者を許すが無得点に抑える。その裏、先頭の安斉が四球を選ぶ。一死後、2連続四球で満塁とする。ここで金井も四球で歩き、押し出しで1点を先制する。3回、4回と両チーム三者凡退で迎えた5回表、一死から安打と四球で一・二塁とされる。レフトゴロで二死とするが、安打で満塁とされる。ここで痛恨の暴投、1-1の同点とされてしまう。6回表、布山の四球と岡の死球、さらに重盗で無死二・三塁とする。ここで佐藤が勝ち越しの2点適時打を放ち3-1。7回表、安打と失策で同点の走者を出すものの、無得点に抑え接戦を制した。先発信夫は8安打を浴びるものの、8三振を奪い、1失点で完投勝ち。打線のほうは相手速球投手に大苦戦。初回先頭の村上と2点適時打の佐藤の安打のわずか2本だけ。最少失点に抑え、接戦を制した。
27日(土)はスティングレイズ戦とチーム結成10周年記念・第4回青黒戦
佐藤が通算200安打まであと2、布山が通算100安打まであと4
27日(土)、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは光が丘公園にスティングレイズさんを迎えて、練習試合を行う予定。スティングレイズさんは平均年齢28歳のチームだ。この試合は15:00より行われる。
この練習試合後、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは引き続き同公園でチーム結成10周年記念・第4回青黒戦を行う予定だ。これはいわゆる「紅白戦」で、黒のユニフォームと青のユニフォームをそれぞれ着用するため、「青黒戦」と呼ばれる。今回は選手を抽選で「黒チーム」と「青チーム」に分けて行われる。また、普段ベンチから応援している女性陣にもチームに加わってもらい、実際にグラウンドに立ってプレーを楽しんでもらおうという趣向だ。夫婦・カップルはチームを別々にさせられ、女性は相方のユニフォーム(上)と帽子を着用し、試合に臨む。6月12日がキッドナッパーズの誕生日で2週間遅れではあるが、今回はチーム結成10周年を記念して行われる。この試合はエキシビジョンゲームのため、チーム試合数や個人成績には一切反映されない。この第4回青黒戦は17:00より行われる。
なお、佐藤が通算200安打まであと2、山崎が通算100盗塁まであと3、布山が通算100安打まであと4とそれぞれ迫っている。

週刊菜っ葉 / 2009年6月13日号
GBNダブルヘッダーは連勝
GE横河MS戦は4回に打者一巡で逆転勝ち
とびうを戦は大量14点で4回コールド勝ち
GBNトップページにキッドナッパーズ掲載!特集記事も!

13日(土)、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは陵南公園でGE横河メディカルシステムさんとGBN関東大会メジャーリーグ3部C組第5節の試合を行った。GE横河メディカルシステムさんは八王子市を中心に活動しているチームで、今季は東京パンツさん、とびうをさんとそれぞれ引き分けている。一方、こちらは開幕3連敗。何としても初白星をあげたいところだ。また、初の陵南公園での試合。高尾まで遠征となるが、行ったからには勝利したい。


初回裏、先頭の村岡から4連続四死球で好機を作るが、拙攻で無得点に終わってしまう。2回表、2四球と安打で無死満塁とされ、犠飛で1点を先制される。さらに四球で満塁となり、失策で2点を失ってしまう。その裏、村上に1号ソロが出て1-3とする。その後互いに無得点で迎えた4回裏、先頭の金井が安打で出塁し、続く藤澤も四球を選ぶ。一死後、村上も四球で歩き満塁。ここで村岡が適時打を放ち1点を返す。その後、外野へ飛球を打ち上げるが、タッチアップの送球を焦り落球。3-3の同点に追いつく。さらに外野へ飛球を打ち上げるも、再び同じことが起こり4-3と逆転に成功する。続く大渕にも適時打が出て、この回打者一巡で5-3とする。5回表、最大のピンチが訪れる。連続安打と犠打失策で無死満塁とされる。しかし、投飛、三振、一飛と打ち取り、無得点で凌ぐ。最終回となった6回表もGE横河メディカルシステムさんの反撃を1点に抑え、5-4でGBN今季初勝利をあげた。先発信夫は立ち上がり制球に苦しみ3回までに7つの四球を与えるが、後半は立ち直り4失点で今季2勝目。一方、打線のほうは5安打。そのうち3本を4回に集中した。これでGBNは開幕からの連敗を3で止めた。

このGE横河メディカルシステム戦後、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは光が丘公園に移動し、とびうをさんを迎えて、GBN関東大会メジャーリーグ3部C組第4節の試合を行った。とびうをさんは東京都武蔵野市を中心に活動しているチームだ。同リーグでは強豪・鬼道衆さんに勝利しており、苦戦が予想された。しかし、試合は予想に反した展開となった。


初回表、四球から失策で1点を先制されてしまう。その裏、敵失と岡の安打などで二死二・三塁とすると、まず暴投で三塁走者が生還し同点に追いつく。続く佐藤・田中が連続して四球を選ぶと、信夫に2点適時二塁打が出て逆転する。さらに藤澤にも2点適時打が飛び出し、5-1とする。2回裏には村岡と岡の安打から好機を作り、暴投で1点を追加。3回表にソロ本塁打で1点を返され6-2とされる。しかしその裏、田中・信夫の連続二塁打で1点。その後、盗塁と内野ゴロの間に1点を追加する。一死走者なしとなるが、ここから再び好機を作り直す。村上・村岡・金井の3連打で1点。さらには野選と佐藤の2点適時二塁打でこの回打者10人の猛攻で6点をあげる。4回表、3安打で2点を失うが、その裏に信夫の内野安打から村上の適時打、さらには金井の適時二塁打が出て14-4とする。この時点でGBN大会規定により、10点差コールド勝ちが決まった。

その後は互いに無得点、6回表終了時で時間切れとなり、そのまま14-4で勝利した。先発田中は調子が悪いながらも4回を投げ、4安打・3四球で4失点、味方の大量得点による援護もあり、今季5勝目をあげた。5回から救援の信夫は第一試合に続き連投となったが、2回を無失点に抑えた。打線のほうは14安打と大爆発。信夫の3安打を筆頭に、金井・村上・岡が複数安打を放ち、復調をアピールした。これでGBNは2勝3敗とし、2試合を残すのみとなった。他チームが星をつぶし合えば、4勝3敗でも決勝トーナメント進出の可能性がある。首位をひた走るチョモランマさん、また強豪の鬼道衆さんとの対戦を残しており、決勝トーナメント進出自体は難しくても、リーグ内の決勝トーナメント進出争いを混沌とさせるチームとなっていることは確かだ。
20日(土)はストロングカップ・構研バッカス戦とファイティングビーバーズ戦
山崎が通算100盗塁まであと3、布山が通算100安打まであと4
20日(土)、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは光が丘公園で構研バッカスさんとストロングカップ土曜大会2部リーグ埼京地区Dブロック第6節の試合を行う予定だ。構研バッカスさんとは2年前にもストロングカップで同リーグとなり、最終回二死無走者から4点のリードを守れず、大逆転負けを食らった。その後の練習試合は2試合とも勝利しているものの、あの逆転負けのイメージが強烈に残っている。そして、構研バッカスさんはストロングカップ4勝無敗でトップを走っている。一方、こちらは2敗1引き分けと勝利がない。何としてもストロング初勝利をあげ、構研バッカスさんの連勝を止めたいところだ。この試合は13:00より行われる。
この構研バッカス戦後、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは同公園にファイティングビーバーズさんを迎えて、練習試合を行う予定だ。ファイティングビーバーズさんは経験者数名、初心者半分という構成のチームだ。この試合は17:00より行われる。
なお、佐藤が通算200安打まであと3、山崎が通算100盗塁まであと3、布山が通算100安打まであと4とそれぞれ迫っている。
GE横河MS戦は4回に打者一巡で逆転勝ち
とびうを戦は大量14点で4回コールド勝ち
GBNトップページにキッドナッパーズ掲載!特集記事も!

13日(土)、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは陵南公園でGE横河メディカルシステムさんとGBN関東大会メジャーリーグ3部C組第5節の試合を行った。GE横河メディカルシステムさんは八王子市を中心に活動しているチームで、今季は東京パンツさん、とびうをさんとそれぞれ引き分けている。一方、こちらは開幕3連敗。何としても初白星をあげたいところだ。また、初の陵南公園での試合。高尾まで遠征となるが、行ったからには勝利したい。



初回裏、先頭の村岡から4連続四死球で好機を作るが、拙攻で無得点に終わってしまう。2回表、2四球と安打で無死満塁とされ、犠飛で1点を先制される。さらに四球で満塁となり、失策で2点を失ってしまう。その裏、村上に1号ソロが出て1-3とする。その後互いに無得点で迎えた4回裏、先頭の金井が安打で出塁し、続く藤澤も四球を選ぶ。一死後、村上も四球で歩き満塁。ここで村岡が適時打を放ち1点を返す。その後、外野へ飛球を打ち上げるが、タッチアップの送球を焦り落球。3-3の同点に追いつく。さらに外野へ飛球を打ち上げるも、再び同じことが起こり4-3と逆転に成功する。続く大渕にも適時打が出て、この回打者一巡で5-3とする。5回表、最大のピンチが訪れる。連続安打と犠打失策で無死満塁とされる。しかし、投飛、三振、一飛と打ち取り、無得点で凌ぐ。最終回となった6回表もGE横河メディカルシステムさんの反撃を1点に抑え、5-4でGBN今季初勝利をあげた。先発信夫は立ち上がり制球に苦しみ3回までに7つの四球を与えるが、後半は立ち直り4失点で今季2勝目。一方、打線のほうは5安打。そのうち3本を4回に集中した。これでGBNは開幕からの連敗を3で止めた。

このGE横河メディカルシステム戦後、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは光が丘公園に移動し、とびうをさんを迎えて、GBN関東大会メジャーリーグ3部C組第4節の試合を行った。とびうをさんは東京都武蔵野市を中心に活動しているチームだ。同リーグでは強豪・鬼道衆さんに勝利しており、苦戦が予想された。しかし、試合は予想に反した展開となった。




初回表、四球から失策で1点を先制されてしまう。その裏、敵失と岡の安打などで二死二・三塁とすると、まず暴投で三塁走者が生還し同点に追いつく。続く佐藤・田中が連続して四球を選ぶと、信夫に2点適時二塁打が出て逆転する。さらに藤澤にも2点適時打が飛び出し、5-1とする。2回裏には村岡と岡の安打から好機を作り、暴投で1点を追加。3回表にソロ本塁打で1点を返され6-2とされる。しかしその裏、田中・信夫の連続二塁打で1点。その後、盗塁と内野ゴロの間に1点を追加する。一死走者なしとなるが、ここから再び好機を作り直す。村上・村岡・金井の3連打で1点。さらには野選と佐藤の2点適時二塁打でこの回打者10人の猛攻で6点をあげる。4回表、3安打で2点を失うが、その裏に信夫の内野安打から村上の適時打、さらには金井の適時二塁打が出て14-4とする。この時点でGBN大会規定により、10点差コールド勝ちが決まった。



その後は互いに無得点、6回表終了時で時間切れとなり、そのまま14-4で勝利した。先発田中は調子が悪いながらも4回を投げ、4安打・3四球で4失点、味方の大量得点による援護もあり、今季5勝目をあげた。5回から救援の信夫は第一試合に続き連投となったが、2回を無失点に抑えた。打線のほうは14安打と大爆発。信夫の3安打を筆頭に、金井・村上・岡が複数安打を放ち、復調をアピールした。これでGBNは2勝3敗とし、2試合を残すのみとなった。他チームが星をつぶし合えば、4勝3敗でも決勝トーナメント進出の可能性がある。首位をひた走るチョモランマさん、また強豪の鬼道衆さんとの対戦を残しており、決勝トーナメント進出自体は難しくても、リーグ内の決勝トーナメント進出争いを混沌とさせるチームとなっていることは確かだ。
20日(土)はストロングカップ・構研バッカス戦とファイティングビーバーズ戦
山崎が通算100盗塁まであと3、布山が通算100安打まであと4
20日(土)、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは光が丘公園で構研バッカスさんとストロングカップ土曜大会2部リーグ埼京地区Dブロック第6節の試合を行う予定だ。構研バッカスさんとは2年前にもストロングカップで同リーグとなり、最終回二死無走者から4点のリードを守れず、大逆転負けを食らった。その後の練習試合は2試合とも勝利しているものの、あの逆転負けのイメージが強烈に残っている。そして、構研バッカスさんはストロングカップ4勝無敗でトップを走っている。一方、こちらは2敗1引き分けと勝利がない。何としてもストロング初勝利をあげ、構研バッカスさんの連勝を止めたいところだ。この試合は13:00より行われる。
この構研バッカス戦後、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズは同公園にファイティングビーバーズさんを迎えて、練習試合を行う予定だ。ファイティングビーバーズさんは経験者数名、初心者半分という構成のチームだ。この試合は17:00より行われる。
なお、佐藤が通算200安打まであと3、山崎が通算100盗塁まであと3、布山が通算100安打まであと4とそれぞれ迫っている。



週刊菜っ葉 / チーム結成10周年記念特別号
キッドナッパーズ、チーム結成10周年を迎える!
6月12日(金)、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズはチーム結成10周年を迎えた。初試合は1999年6月12日、三郷の河川敷だった。
▼チーム結成初試合 (1999.06.12.三郷)



まずは、友好チームの皆様より、お祝いのコメントを頂いておりますので、ご紹介させて頂きます。
福田様 (TWINS/GM)
キッドナッパーズ様
いつも大変お世話になっております。TWINSの福田です。
チーム創設10周年を迎えられるとのこと、まことにおめでとうございます。
ナッパーズさんとは先日の対戦も含め11試合も対戦させていただき、たまたま私たちが11勝させていただいていますが、いつも本当にいい試合をさせていただき感謝しております。
ナッパーズさんといえば、いつも感心させられるのが活動の姿勢です。
我々とは比べ物にならない試合数をこなしている姿は尊敬に値します。
また、光が丘のスタンドに軽々とホームランを打ち込む強力打線は脅威です。
私が投げた時に田中さんに簡単に2塁打を打たれたのは、今でも鮮明に覚えています。
今後も良いお付き合いを続けさせていただければと思っております。
これからも勝ち続けられるように、私たちも努力してまいりますので対戦の際はお手柔らかにお願いします。
お互いに切磋琢磨していきましょう。
今後とも末永くよろしくお願いいたします。
佃様 (MKトライアンフ/主将)
田中さま、キッドナッパーズのみなさまチーム結成10周年おめでとうございます!
初対戦はいつだったでしょうか、以来親しくしていただきチーム一同感謝しております。
私たちも今年11年目となりました。
ナッパさんの20周年・30周年もお祝いできるよう共にがんばりたいですね。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
坪井様 (ネロ・グリージョ/主将)
キッドナッパーズの皆様
チーム結成10周年、おめでとうございます
私が対戦相手ファルコンズの一員として記念すべきナッパの結成試合に立ち合えたあの日から10年ですか…。月日がたつのは早すぎますね。
当時は「伝統の一戦」などと銘打たれたナッパとファルコンズの数多くの対戦。野球が大好きで練習や試合を積み重ねてどんどん強くなって行くナッパに、呆れるくらい差をつけられる一方でした。最初はお互いすこぶる弱小だったのに…。
私は助っ人での参戦を機に随分とお世話になりました。いつも雰囲気がいいのでリラックスできて、まるでチームの一員のごとく楽しめたのを記憶してます。みなさんのキャラクターのおかげでしょう。
当時お世話になっていた方々が今も変わらず主力として活躍中なのは感慨深いですね。田中監督を始め大渕さん、村上さん、岡さん、J佐藤さんなど…。特にJさんにはよくツッコミを入れられ、可愛がられたものです(汗)。
飲み会や納会にも当たり前のようにお邪魔させてもらい、楽しい時間を過ごしました。ナッパは野球も遊びも本当楽しんでるなぁと感じさせられることが多かったです。
そんなナッパに刺激を受け、私も2001年に高校時代の仲間とNERO GRIGIOを立ち上げました。「同じように楽しいチームを作りたい」と間違いなくナッパを意識してましたし、受けていた影響というのはとてつもなく大きいものだったと思います。
5周年記念試合以来、活動拠点の違いなどもあり久しく対戦もせず時間は過ぎてしまいした。今回ナッパのHPを見返し、その間も変わらず充実した時間を過ごしていたんだなぁと感じました。この10周年を機に、再びその歴史にちょこちょこお邪魔させていただたければと考えています。
キッドナッパーズという素晴らしいチーム。このチームが今後も更に盛り上がって、15年、20年と歴史を積み重ねていくことを結成当時から知る「いちファンと」して心から願っています。
NERO GRIGIO 坪井貞樹
山下様 (鬼道衆/監督)
キッドナッパーズの皆様へ
いつもお世話になっております。鬼道衆の山下です。
このたびは結成10周年おめでとうございます。
思えば貴チームと初めて対戦させていただいたのは今から6年前の2003年6月の光が丘公園でした。
草野球チームとして結成間もない素人同然の我々にとって、初めて貴チームにお会いしたときの印象は、
「ああ、なんてまとまりのある大人のチームなんだろう」
「実力では全然敵わないけど、少しずつ近づけるよう努力しよう」
「我々もいつかこんなチームになれたら・・・」
と、まさに憧れの対象でした。
月日が経つのは早いもので今では、
「ああ、なんて年をとるのは早いのだろう」
「実力をあげるどころか、現状維持すらままならない」
「毎日いっぱいいっぱいです。ホントつらいです」
「ウッ○で見かけるJさんはホント生き生きしてるよね」
あのときの白熱した試合以降毎年のように対戦させていただき、また通算での戦績がどちらの何勝何敗かすぐには出てこないくらい懇意にさせていただき、本当に感謝しております。
貴チームも当チームも「チーム全員で楽しみながら、勝敗にもこだわる」という両立させることが非常に難しい目標を掲げておりますが、我々にとっては永遠に不変のテーマだと思っております。
これからはお互いに年相応の草野球をおこなうことになるかと思いますが、草野球が「週末の一種のスパイス的役割」であることには変わりはありません。
当チームも来年が結成10周年となります。
今後も当チームにとっての良き兄貴分チームとしてその背中を追いかけていきたいと思っております。
そしてキッドナッパーズの選手の皆様はもちろんそのご家族の皆様にいたるまでご健康とご発展お祈りいたします。
鬼道衆 山下
山田様 (元・キッドナッパーズ/選手、現・成東ボンバイエ/選手)
チーム結成10周年、おめでとうございます!
チームを離れたものの、今でも愛着のあるナッパが記念すべき節目を迎えられたこと、本当に嬉しく感じてます。
ここは、単なる通過点。20周年、30周年と歴史あるチームとして存続していくことを節に願っています。
これからも絶好調で。背番号24、やまちゃより。
山口様 (マリナーズ/代表代行)
この度は記念すべき10周年を迎えられましたことを、弊チーム選手一同、心よりお祝い申し上げます。
初対戦は1999年12月。弊チームより弱いチームがあるのかと笑っておりましたが、その後あっという間に追い越され、通算3勝12敗。
2001年の勝利を最後に現在10連敗中と圧倒されております。
これもひとえに田中監督をはじめ、皆様の高い志と御努力の賜と、深く敬意を表する次第でございます。
今後ますますのご発展を心よりお祈りいたします。
年末の定期戦、楽しみにしております。
マリナーズ・代表代行 山口
▼チーム結成5周年記念・第1回青黒戦(2004.06.12.城北中央公園)

▼過去最高の30名が出席した、2004年度納会(2004.12.18.ホテル第一イン池袋)

皆様、お忙しいところ「お祝いのコメント」をお送り頂きまして、本当に感謝しております。
続きまして、チーム初試合から現在までの10年間、第一線で活躍する6人に「思い出の試合」「思い出のプレー」を選んでもらいました。
1 田中
「思い出の試合」
2004年8月1日(東台)
練馬区秋季大会3回戦/インデラ戦

これが一番の番狂わせ。前週のウインズ戦、四球の発作が出て最終回4点差を守れず、GBN1部初勝利を逃して、ガックリしてたので嬉しかった。相手は2部だし、絶対勝てないという前評判…。唯一の得点シーンの3連打にも絡めたし。とにかく、投げては緩急自由自在、打っても良し、それが大事な試合だったので。
「思い出のプレー」
2003年12月6日(光が丘)
練習試合/TWINS戦の6回裏
ノーヒットノーラン、バニー戦…でもプレーといったらTWINS戦でスクイズをはずした場面。モーションに入ってリリースしようとした時に三塁のほうからドタドタと音が聞こえ、バッターがバントの構えをするかしないか…咄嗟に外した。ヌノもよく捕ってくれた。とにかく、あの瞬間は興奮した。俺は江夏かと思った、マジで。
5 岡
「思い出の試合」
2000年5月21日(光が丘)
練習試合/サンビーズ戦

チャンコがノーヒットノーランをやった試合。
あの緊張感は忘れられない。
「思い出のプレー」
2000年5月21日(光が丘)
練習試合/サンビーズ戦の6回裏
その試合でレフトのホームラン性のあたりを土手上で俺が取ったプレー。
今でもCグランドに立つとその光景とキャッチした感触が蘇る。捕球後、土手上にうつぶせになった状態になったので審判にホームランと判定されるのではないかと思い、急いで起きて返球したことを思い出します。
7 大渕
「思い出の試合」
2009年4月5日(北大泉)
練馬区春季大会3回戦/練馬BUNBUN丸戦

あえて最近の試合で練馬ブンブン丸戦。
こうゆう試合は多々あったが守ってて正直これは絶対負けると思った。
奇跡的にしのいだがあの嫌な雰囲気で守ってる生きた心地のしない心境がいまだに忘れられない。
「思い出のプレー」
2006年4月8日(光が丘)
草魂カップ1回戦/ダークス戦の1回裏
ダークスの速球派投手から4連打したこと。うちらが絶対打てそうにない投手だったのにいきなり点とったから。
あるいは練馬区大会の為に結婚式を抜け出して西武池袋線のなかでユニホームに着替えたこと。
8 村上
「思い出の試合」
2005年9月19日(石神井A)
練習試合/練馬バニーボーイズ戦

けだるい早朝、変哲のない練習試合。何度か完敗もしてるし名の通ったチームだけど特にチームのモチベーションが高かったわけではなかったと思う。でも全てがハマった気がする。ゲームセットの瞬間「うち強ぇー」って叫んだもん。あんな試合またやりたいな、俺、見せ場なかったけど。 試合詳細は別掲にて
「思い出のプレー」
1999年11月13日(光が丘)
練習試合/ファルコンズ戦の4回表
町田らしい力みのないスイングから放された白球が光が丘の土手を越えた瞬間、当時野球経験のない自分にとって、普段麻雀でカモっていた彼がとてつもなく大きくみえた。その後、俺が体感するまで5年かかるわけだけど。
19 佐藤
「思い出の試合」
2004年10月30日(城北中央)
練習試合/MKトライアンフ戦

MK戦勝利試合。
MK戦まぐれでもうれしかった。
「思い出のプレー」
2009年4月5日(北大泉)
練馬区春季大会3回戦/練馬BUNBUN丸戦の1回表
こないだのぶんぶん丸先取点打かな。WBCの再現みたいって言ってたから。
GM
「思い出の試合」
2007年4月8日(米軍横田基地)
練習試合/ホークス野球クラブ戦

やはり忘れられないのが、横田基地で内での横田ホークス戦!!パスポートの提示や、顔写真の撮影、滑走路のすぐ近くを車で通る事から始まった試合は意外にも横田ホークス側からのオファーで対戦が実現したものでした。鈴木君の作ってくれたホームページの完成度の高さと監督の度重なる交渉、努力により試合ができる運びになった象徴的なものでした。試合内容はさほど素晴らしいものではありませんでしたが、みんなで楽しく時間を共有できた事も含め、一生の中でも貴重な体験として
満足感の残るものでした。
「思い出のプレー」
2003年7月6日(東台)
練馬区秋季大会1回戦/冒険企画局カーニバルス戦の2回表
最近では、キングレコード戦でのノビの満塁ホームランは兄と見ていた事もあり、印象的でした。しかし、やはり主人のプレー。投手としてのノーヒットノーランの時は勿論ですが、土手越えのない彼が練馬でのランニングホームランを必死で勝ち得たシーンが、今も脳裏に焼きついています。
▼ホークス野球クラブ戦(2004.04.08.米軍横田基地)

今回、町田を除くチームのメンバーに、チーム結成10周年記念の新聞(全10ページ)をお送り致しました。6月11日(木)~12日(金)にかけて、到着したかと思います。
ということで、チーム内外の皆様に支えられながら、チーム10周年を迎えることができました。
本当にありがとうございました。
そして、これからも宜しくお願い申し上げます。
ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズ 監督/田中
6月12日(金)、ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズはチーム結成10周年を迎えた。初試合は1999年6月12日、三郷の河川敷だった。
▼チーム結成初試合 (1999.06.12.三郷)



まずは、友好チームの皆様より、お祝いのコメントを頂いておりますので、ご紹介させて頂きます。
福田様 (TWINS/GM)
キッドナッパーズ様
いつも大変お世話になっております。TWINSの福田です。
チーム創設10周年を迎えられるとのこと、まことにおめでとうございます。
ナッパーズさんとは先日の対戦も含め11試合も対戦させていただき、たまたま私たちが11勝させていただいていますが、いつも本当にいい試合をさせていただき感謝しております。
ナッパーズさんといえば、いつも感心させられるのが活動の姿勢です。
我々とは比べ物にならない試合数をこなしている姿は尊敬に値します。
また、光が丘のスタンドに軽々とホームランを打ち込む強力打線は脅威です。
私が投げた時に田中さんに簡単に2塁打を打たれたのは、今でも鮮明に覚えています。
今後も良いお付き合いを続けさせていただければと思っております。
これからも勝ち続けられるように、私たちも努力してまいりますので対戦の際はお手柔らかにお願いします。
お互いに切磋琢磨していきましょう。
今後とも末永くよろしくお願いいたします。
佃様 (MKトライアンフ/主将)
田中さま、キッドナッパーズのみなさまチーム結成10周年おめでとうございます!
初対戦はいつだったでしょうか、以来親しくしていただきチーム一同感謝しております。
私たちも今年11年目となりました。
ナッパさんの20周年・30周年もお祝いできるよう共にがんばりたいですね。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
坪井様 (ネロ・グリージョ/主将)
キッドナッパーズの皆様
チーム結成10周年、おめでとうございます
私が対戦相手ファルコンズの一員として記念すべきナッパの結成試合に立ち合えたあの日から10年ですか…。月日がたつのは早すぎますね。
当時は「伝統の一戦」などと銘打たれたナッパとファルコンズの数多くの対戦。野球が大好きで練習や試合を積み重ねてどんどん強くなって行くナッパに、呆れるくらい差をつけられる一方でした。最初はお互いすこぶる弱小だったのに…。
私は助っ人での参戦を機に随分とお世話になりました。いつも雰囲気がいいのでリラックスできて、まるでチームの一員のごとく楽しめたのを記憶してます。みなさんのキャラクターのおかげでしょう。
当時お世話になっていた方々が今も変わらず主力として活躍中なのは感慨深いですね。田中監督を始め大渕さん、村上さん、岡さん、J佐藤さんなど…。特にJさんにはよくツッコミを入れられ、可愛がられたものです(汗)。
飲み会や納会にも当たり前のようにお邪魔させてもらい、楽しい時間を過ごしました。ナッパは野球も遊びも本当楽しんでるなぁと感じさせられることが多かったです。
そんなナッパに刺激を受け、私も2001年に高校時代の仲間とNERO GRIGIOを立ち上げました。「同じように楽しいチームを作りたい」と間違いなくナッパを意識してましたし、受けていた影響というのはとてつもなく大きいものだったと思います。
5周年記念試合以来、活動拠点の違いなどもあり久しく対戦もせず時間は過ぎてしまいした。今回ナッパのHPを見返し、その間も変わらず充実した時間を過ごしていたんだなぁと感じました。この10周年を機に、再びその歴史にちょこちょこお邪魔させていただたければと考えています。
キッドナッパーズという素晴らしいチーム。このチームが今後も更に盛り上がって、15年、20年と歴史を積み重ねていくことを結成当時から知る「いちファンと」して心から願っています。
NERO GRIGIO 坪井貞樹
山下様 (鬼道衆/監督)
キッドナッパーズの皆様へ
いつもお世話になっております。鬼道衆の山下です。
このたびは結成10周年おめでとうございます。
思えば貴チームと初めて対戦させていただいたのは今から6年前の2003年6月の光が丘公園でした。
草野球チームとして結成間もない素人同然の我々にとって、初めて貴チームにお会いしたときの印象は、
「ああ、なんてまとまりのある大人のチームなんだろう」
「実力では全然敵わないけど、少しずつ近づけるよう努力しよう」
「我々もいつかこんなチームになれたら・・・」
と、まさに憧れの対象でした。
月日が経つのは早いもので今では、
「ああ、なんて年をとるのは早いのだろう」
「実力をあげるどころか、現状維持すらままならない」
「毎日いっぱいいっぱいです。ホントつらいです」
「ウッ○で見かけるJさんはホント生き生きしてるよね」
あのときの白熱した試合以降毎年のように対戦させていただき、また通算での戦績がどちらの何勝何敗かすぐには出てこないくらい懇意にさせていただき、本当に感謝しております。
貴チームも当チームも「チーム全員で楽しみながら、勝敗にもこだわる」という両立させることが非常に難しい目標を掲げておりますが、我々にとっては永遠に不変のテーマだと思っております。
これからはお互いに年相応の草野球をおこなうことになるかと思いますが、草野球が「週末の一種のスパイス的役割」であることには変わりはありません。
当チームも来年が結成10周年となります。
今後も当チームにとっての良き兄貴分チームとしてその背中を追いかけていきたいと思っております。
そしてキッドナッパーズの選手の皆様はもちろんそのご家族の皆様にいたるまでご健康とご発展お祈りいたします。
鬼道衆 山下
山田様 (元・キッドナッパーズ/選手、現・成東ボンバイエ/選手)
チーム結成10周年、おめでとうございます!
チームを離れたものの、今でも愛着のあるナッパが記念すべき節目を迎えられたこと、本当に嬉しく感じてます。
ここは、単なる通過点。20周年、30周年と歴史あるチームとして存続していくことを節に願っています。
これからも絶好調で。背番号24、やまちゃより。
山口様 (マリナーズ/代表代行)
この度は記念すべき10周年を迎えられましたことを、弊チーム選手一同、心よりお祝い申し上げます。
初対戦は1999年12月。弊チームより弱いチームがあるのかと笑っておりましたが、その後あっという間に追い越され、通算3勝12敗。
2001年の勝利を最後に現在10連敗中と圧倒されております。
これもひとえに田中監督をはじめ、皆様の高い志と御努力の賜と、深く敬意を表する次第でございます。
今後ますますのご発展を心よりお祈りいたします。
年末の定期戦、楽しみにしております。
マリナーズ・代表代行 山口
▼チーム結成5周年記念・第1回青黒戦(2004.06.12.城北中央公園)

▼過去最高の30名が出席した、2004年度納会(2004.12.18.ホテル第一イン池袋)

皆様、お忙しいところ「お祝いのコメント」をお送り頂きまして、本当に感謝しております。
続きまして、チーム初試合から現在までの10年間、第一線で活躍する6人に「思い出の試合」「思い出のプレー」を選んでもらいました。
1 田中
「思い出の試合」
2004年8月1日(東台)
練馬区秋季大会3回戦/インデラ戦

これが一番の番狂わせ。前週のウインズ戦、四球の発作が出て最終回4点差を守れず、GBN1部初勝利を逃して、ガックリしてたので嬉しかった。相手は2部だし、絶対勝てないという前評判…。唯一の得点シーンの3連打にも絡めたし。とにかく、投げては緩急自由自在、打っても良し、それが大事な試合だったので。
「思い出のプレー」
2003年12月6日(光が丘)
練習試合/TWINS戦の6回裏
ノーヒットノーラン、バニー戦…でもプレーといったらTWINS戦でスクイズをはずした場面。モーションに入ってリリースしようとした時に三塁のほうからドタドタと音が聞こえ、バッターがバントの構えをするかしないか…咄嗟に外した。ヌノもよく捕ってくれた。とにかく、あの瞬間は興奮した。俺は江夏かと思った、マジで。
5 岡
「思い出の試合」
2000年5月21日(光が丘)
練習試合/サンビーズ戦

チャンコがノーヒットノーランをやった試合。
あの緊張感は忘れられない。
「思い出のプレー」
2000年5月21日(光が丘)
練習試合/サンビーズ戦の6回裏
その試合でレフトのホームラン性のあたりを土手上で俺が取ったプレー。
今でもCグランドに立つとその光景とキャッチした感触が蘇る。捕球後、土手上にうつぶせになった状態になったので審判にホームランと判定されるのではないかと思い、急いで起きて返球したことを思い出します。
7 大渕
「思い出の試合」
2009年4月5日(北大泉)
練馬区春季大会3回戦/練馬BUNBUN丸戦

あえて最近の試合で練馬ブンブン丸戦。
こうゆう試合は多々あったが守ってて正直これは絶対負けると思った。
奇跡的にしのいだがあの嫌な雰囲気で守ってる生きた心地のしない心境がいまだに忘れられない。
「思い出のプレー」
2006年4月8日(光が丘)
草魂カップ1回戦/ダークス戦の1回裏
ダークスの速球派投手から4連打したこと。うちらが絶対打てそうにない投手だったのにいきなり点とったから。
あるいは練馬区大会の為に結婚式を抜け出して西武池袋線のなかでユニホームに着替えたこと。
8 村上
「思い出の試合」
2005年9月19日(石神井A)
練習試合/練馬バニーボーイズ戦

けだるい早朝、変哲のない練習試合。何度か完敗もしてるし名の通ったチームだけど特にチームのモチベーションが高かったわけではなかったと思う。でも全てがハマった気がする。ゲームセットの瞬間「うち強ぇー」って叫んだもん。あんな試合またやりたいな、俺、見せ場なかったけど。 試合詳細は別掲にて
「思い出のプレー」
1999年11月13日(光が丘)
練習試合/ファルコンズ戦の4回表
町田らしい力みのないスイングから放された白球が光が丘の土手を越えた瞬間、当時野球経験のない自分にとって、普段麻雀でカモっていた彼がとてつもなく大きくみえた。その後、俺が体感するまで5年かかるわけだけど。
19 佐藤
「思い出の試合」
2004年10月30日(城北中央)
練習試合/MKトライアンフ戦

MK戦勝利試合。
MK戦まぐれでもうれしかった。
「思い出のプレー」
2009年4月5日(北大泉)
練馬区春季大会3回戦/練馬BUNBUN丸戦の1回表
こないだのぶんぶん丸先取点打かな。WBCの再現みたいって言ってたから。
GM
「思い出の試合」
2007年4月8日(米軍横田基地)
練習試合/ホークス野球クラブ戦

やはり忘れられないのが、横田基地で内での横田ホークス戦!!パスポートの提示や、顔写真の撮影、滑走路のすぐ近くを車で通る事から始まった試合は意外にも横田ホークス側からのオファーで対戦が実現したものでした。鈴木君の作ってくれたホームページの完成度の高さと監督の度重なる交渉、努力により試合ができる運びになった象徴的なものでした。試合内容はさほど素晴らしいものではありませんでしたが、みんなで楽しく時間を共有できた事も含め、一生の中でも貴重な体験として
満足感の残るものでした。
「思い出のプレー」
2003年7月6日(東台)
練馬区秋季大会1回戦/冒険企画局カーニバルス戦の2回表
最近では、キングレコード戦でのノビの満塁ホームランは兄と見ていた事もあり、印象的でした。しかし、やはり主人のプレー。投手としてのノーヒットノーランの時は勿論ですが、土手越えのない彼が練馬でのランニングホームランを必死で勝ち得たシーンが、今も脳裏に焼きついています。
▼ホークス野球クラブ戦(2004.04.08.米軍横田基地)

今回、町田を除くチームのメンバーに、チーム結成10周年記念の新聞(全10ページ)をお送り致しました。6月11日(木)~12日(金)にかけて、到着したかと思います。
ということで、チーム内外の皆様に支えられながら、チーム10周年を迎えることができました。
本当にありがとうございました。
そして、これからも宜しくお願い申し上げます。
ザ・ミッドサマー・キッドナッパーズ 監督/田中
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